天の岩戸伝説は、須佐之男命(スサノオノミコト)の乱暴に嫌気のさした天照大神(アマテラスオオミカミ)が天の岩屋に閉じ籠ってしまい、日月の運行まで大いに乱れたので、神々が相談し、岩戸の前で賑やかな宴を開き、その様子をうかがうために天照大神が岩戸を開けるところを引出そうとの策を実行します。
には天照大神と岩屋があり、○上○下 合計で18個の部品になっています。
部品点数も少なく、◆◇等合わせる場所の合印や配置の指示が多数記入されていて、全体の組み方はすぐわかります。
組上げると こうなりました。手力男命が戸隠明神になっていたり、古事記・日本書紀ではこの場面に居ないサルダヒコが大きく画かれていたりするのは、これらを祭る神社の神楽舞が元になっているものと思われます。
楽人たちも神楽奏者の姿です。
雷門前
こちらは、 しんはん と書かれているだけで、題名も作者名もありません。それでも組み上がりの図が有り、この部品6個で組み上げることが出来ます。雷門である事はは、喧嘩をしている人物の注にかみなりもんの前に立てると書いてあることからわかります。多分いくつかの他の物と組になっていたのでしょう
。
前の湯屋を含め組上げ灯篭を三種類紹介しました。
天の岩戸にはこの策の実行者(神?) 達が描かれています。宴を盛り上げる主役があめのうづめのみことです。 引出し役が手力男命(タジカラヲノミコト)ですが、ここでは戸隠明神の名になっています。
独身男性が多数であった江戸では、『火事と喧嘩は江戸の華』と言われるほど喧嘩が多く見られました。
真ん中の生酔の男が下駄を振り上げ、四人の男達が、手足を押さえこんでいます。後ろの頭に手に当てている男は、最初に打たれた様です。手足に取り付いている男達もそんなに深刻な顔ではないので、仲間かもしれません。
江戸の日常の一こまだったのでしょう。
今回紹介した天の岩戸は部品18点 浅草雷門は部品6点なのでそれほど複雑ではありませんでしたが、最初の風呂屋新店は百点近い部品で構成されていて、これだけの物を作り上げた作者の力量に感心しました。
江戸の人たちは本当にこんな物を作っていたのでしょうか。実際には元の図を楽しんでいただけなのかもしれない疑っていましたが、この図録には
『組上げ灯篭は切られてしまうのでほとんど残っていない。天の岩戸上下が揃っているのが確認されているのはボストン美術館だけ』との解説がありました。
図録には、岩戸と雷門は天保年間と記されていて、北斎 四十歳ころの作品です。上の湯屋も絵が似ているので同じ頃の物でしょう。
岩戸の出版元は丸屋文右衛門となっています。湯屋の方は『はんもと丸』の下の字がわかりませんでしたが、丸文なら合うので同じ版元と思われます。